ベロー・ウッド(USS Belleau Wood, CV/CVL-24)は、アメリカ海軍の航空母艦。インディペンデンス級航空母艦の3番艦。当初は巡洋艦ニュー・ヘヴン(USS New Haven, CL-76)として建造が行われ、1942年2月16日に艦種変更および改名が行われた。艦名のベロー・ウッドは第一次世界大戦で海兵隊が激戦を繰り広げたフランスの地名。
艦歴
ベロー・ウッドはニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で1942年12月6日にトーマス・ホルコム夫人(海兵隊司令官の妻)によって命名、進水し、1943年3月31日にA・M・プライド艦長の指揮下就役する。
短期間の整調航海の後、ベロー・ウッドは太平洋艦隊に配属され1943年7月26日に真珠湾に到着した。その後ベーカー島(9月1日)、タラワ(9月18日)、ウェーク島(10月5日、6日)への攻撃に参加、その後第50任務部隊に加わり、ギルバート諸島攻略(1943年11月19日 - 12月4日)に参加している。
ベロー・ウッドは第58任務部隊に所属しクェゼリン環礁、マジュロ、マーシャル諸島攻撃(1944年1月29日 - 2月3日)、トラック島攻撃(2月16日、17日)、サイパン - テニアン島 - ロタ島 - グアム攻略(2月21日、22日)、パラオ - ヤップ - ウルシー環礁 - ウォレアイ攻略(3月30日 - 4月1日)、ホーランディア、ニューギニア上陸支援のためのサワル、ワクデ島攻撃(4月22日 - 24日)トラック島 - サタワン - ポナペ攻撃(4月29日 - 5月1日)、サイパン占領(6月11日 - 24日)、第一次小笠原諸島攻撃(6月15日、16日)、マリアナ沖海戦(6月19日、20日)、第二次小笠原諸島攻撃(6月24日)に参加した。マリアナ沖海戦でベロー・ウッドの艦載機は空母飛鷹を撃沈している。
真珠湾でのオーバーホール(1944年6月29日 - 7月31日)の後、ベロー・ウッドは再び第58任務部隊に加わり、グアム攻略の最終局面に(8月2日 - 10日)参加する。続いて第38任務部隊に加わり、南パラオ攻撃(9月6日 - 10月14日)、フィリピン諸島攻撃(9月9日 - 24日)、モロタイ島上陸(9月15日)、沖縄戦(10月10日)、北ルソンおよび台湾攻撃(10月11日 - 14日)、ルソン攻撃(10月15日、17日 - 19日)、エンガノ岬沖海戦(10月24日 - 26日)に参加する。10月30日、レイテ湾東方をパトロールしている際に日本軍の特攻機を撃墜するが、特攻機は飛行甲板に激突し火災を引き起こした。92名が死亡または行方不明となった。
ウルシー泊地での応急修理(11月2日 - 11日)の後、ベロー・ウッドはカリフォルニア州ハンターズ・ポイントに向けて出港する。ハンターズ・ポイントには11月29日に到着し、修理及びオーバーホールを行う。1945年1月20日にサンフランシスコ湾を出港し、2月7日にウルシー泊地で第58任務部隊に合流する。2月15日から3月4日までベロー・ウッドは日本本土及び南西諸島攻撃に参加、硫黄島上陸支援も行っている。さらに第5艦隊の日本本土攻撃(3月17日 - 5月26日)、第3艦隊による攻撃(5月27日 - 6月11日)にも参加している。第31航空団をレイテ島で乗艦(6月13日 - 7月1日)させた後、再び第3艦隊に加わり最終の日本本土攻撃(7月10日 - 8月15日)を行っている。太平洋戦争で最後に撃墜された日本海軍機は、ベロー・ウッドに配備されたVF-31所属のF6Fによる急降下爆撃機「彗星」であった。
ベロー・ウッドは1945年9月2日の日本の降伏調印式では艦載機を東京湾上空で飛行させた。その後10月13日まで日本海域に留まり、10月28日に真珠湾に到着する。三日後、1,248名の復員兵を乗せサンディエゴへ向かう。ベロー・ウッドはそのままマジック・カーペット作戦に従事し、1946年1月31日までグアムとサイパンからサンディエゴに復員兵を帰還させた。1947年にベロー・ウッドはサンフランシスコの様々なドックでモスボール処理され、1947年1月13日にアラミダ海軍飛行場で予備役として係留される。その後1953年9月5日に相互防衛援助計画の下のフランスに移管されるまで同所に保管された。
ベロー・ウッドは第二次世界大戦での戦功により殊勲部隊章および12の従軍星章を受章した。
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ベロー・ウッドはフランス海軍に移管、ボア・ベロー(Bois Belleau)の艦名でスエズ動乱にも参加、1960年まで現役任務にあった。その後アメリカに返却され、1960年10月1日に除籍、スクラップとして売却された。